90年代を懐古するブログ

90年代オタク文化を中心に懐古。80、00年代も場合によって。

ティーン系のイメージDVD付き雑誌を雑居ビルで買う

1998年に大学に入る者って大学卒業するくらいに何とか自分のノートパソコンをゲットしてる場合があるじゃないですか。自分は何とか手にするタイプだったのですよね。

 

前回記事の通り(「インディーズ系エロビデオを雑居ビルの二階で買う」)、ノーパソゲットの背景には中学時代から加速し続けていたエロへの願望が強くプッシュされていたという事実があるわけでして、結局パソで何するかというと同人エロゲーをやるかあとはエロDVDを見るって事だったわけです。

 

ちょうど秋葉原にもたまに行くようになっていたのでこれで念願の見たくても見れなかったエロDVDが買えるぞいって事で、オーロラプロジェクトやら黒ギャルものやらをゲットするのですが、やはり「もっとアンダーグラウンドなものを...」とやけにインディーズ系とかへの憧れというか探求心があったものですからどこか静まらない魂がくすぶっていた次第です。

 

前回の記事にも書いたのですが、やはり特別な作品というのは特別な場所に辿り着かねばならないとその頃はとみに思っておりましたので、一体どこにそういうお店があるのだろうとわりと頻繁に考えていました。何しろ何のツテも情報も無い一学生に過ぎない自分が一般社会から意図的に隠れてるエロ売り場を探すのは簡単ではありません。

ネットで大体調べられる時代の前は情報収集がやたら難しかったと思います。

 

ある時、やけに古めかしい名前のXX書店という看板が電車の窓から見えた時などは「あの不自然な古めかしい名前はまったく本を売ろうという意志が感じられない。つまり一般向けに売ろうという姿勢が無い=エロ系であろう」と推論立てて、名前と住所を目視で記憶し、その場所を期待を胸に訪ねていくと老舗の教科書などを取り扱う企業だった、という事もありました。

 

 

とにかく繁華街のビルの一室であろうという予想から新宿のビルを一個一個見て歩いてみた所、上述の「売る気の無い店名」の所があり、ええいままよと入っていくと大量にそういう雑誌や作品がぎっしり詰まった所に辿り着いた事もありました。

 

こちらの予想と反していたのはそこで扱うのはガチロリ系のもので、直接的表現は避けているどちらかという硬派な雰囲気をまとった所だったという点です。

 

割とそれまでは明るく笑顔でパンチラ、或いはあくまでロリ「風(ふう)」のエロみたいな世界観で楽しんできたのですが、本当にガチローティーンなモデルさんたちによるイメージビデオなどを目にしたのは初めてだった上に、そこまで若年層のモデルを愛でるという趣味は若干ハードルが高かったので、こんなにきわどい作品が並んでいるとは...とややひるんだのも事実です。

今でこそイメージビデオは一般的ですけど当時、しかも直接的なエロ作品でもないのにDVD作品としてリリースされるのはやや高尚なものだったと思います(それに対価を払う人は酔狂寄りだったという意味合いで)。

 

何と言うかそのパッケージされた笑顔のモデルさんたち本人の意思はよく分からないとしても明らかに周囲の大人たちの手によって表向きぎりぎり健全に、しかし性的なメタファーとしてのポーズや挙動などがデザインされており、映像作品として仕上げられこうしたやや薄暗い場所で陳列されていたのであり、その現実のみたいのが実体験してみると結構重かく感じられました。

 

映像作品以外にもいわゆるジュヴナイル小説と呼ばれる類のものも多数取り揃えられており、もうローティーンであれば少女じゃなくても少年でも対象となるという事実もどこか背筋が冷たくなる気がしました。

今から考えるともうちょっと高齢のユーザ向けの品ぞろえだったように思います。フェチというか高尚な不道徳趣味というか。

 

せっかくなので勉強ついでに一冊の雑誌を選択しDVDも付録であったので記念に買いました。ローティーンの表紙の子がかわいかったんですが、全体で言うとその子はもう最年長くらいで他のモデルはもっと幼くそれなのに際どい衣装とカメラワークで、DVDも写真で見るよりもっとあどけなくて本当にそこらの子どもなのにこの映像は一体...とまったくエレクトしないどころか戸惑ってしまう始末。

どこかブルーでぐったりした気持ちでノーパソからDVDを取り出すと「これを持ってる人だけいつでも私たちに会えるよ(ハート)」という文字がプリントされていて更にぐったりくるというか。

 

タブーぎりぎりのものに浸る、という楽しみ方なのだと思います。一般的に眉をひそめられるようなものをわざわざ買い求めて必要以上にあがめるかのように扱い、そしてその実、所有するという...

 

割と歪んだダークな匂いがする領域で今ではそういうものも澁澤龍彦的な意味合いからリスペクトするものの当時は味の分からぬウイスキーを舐めてみたみたいな印象でした。