1992年に中学に入ったものって微妙にホラーでグロめな世界観の影響を受けて育った結果、オタク寄りというよりサブカル寄りになってしまう者が一定数存在する世代なわけじゃないですか。
表題のゲームらとか、今調べると1988年リリースという事で、PCエンジン自体は保有していたものの、興味はあったものの、若干薄気味悪くて敬遠してたわけですし。
ジャンプではゴッドサイダーとか初期ジョジョ、漫画でははだしのゲンとか友達の家でたまたま見つけてしまったグロ描写のある石川版ウルトラマンタロウ、映画でもスプラッター系でバタリアンとかエイリアンとか、結構色んな微グロがあったと思います。
時代的に劇画の感じが残ってて、不良文化とかで血なまぐさいのも普通だったりして、今から考えると90年代前夜ってほんとほの暗い時代だなと思ったりするじゃないですか。
とはいえその後長じてクトゥルフ神話とかに触れたりするにつれそういう文化的な側面に気づくというか、ますますサブカルに傾倒しかけてしまうわけではあるのですが。
で、今表題の三作品を思い返すと、
00年代以降加速したポケモンっぽい丸っこい3Dのデザインのキャラクタによりゲームやキャラクタオンリーの世界にへきえきしている身としては、古き良き剣と魔法の世界と地続きの良いものであるなあ
みたいな心持ちを発見するわけですよね。
ウィザードリィのキャラデザインとか、ああいうのがもっと作品に取り入れられてもらった方がしっくりくるというか。
おどろおどろしいキャラによるポケモンやりたい、みたいな。
そう考えれば考えるほど表題の作品みたいなのをアプリでやってみたいのですが大体は今どきの3D丸っこキャラばっかで萎えるんですよね。
ただPCゲームだと英語圏のゲーム制作チームなんかは結構おどろおどろしいゲーム作ってますよね。
PCゲームあんまり遊ばないんですが、そういう方向で脈々とおどろおどろしい文化が受け継がれているのをたまに見かけると
「そうか、どこかで続いているんだな...」
と郷愁っぽく想ってしまうのでした。
というより、ああいうホラーなヴァンパイア的なのって向こうから来たものなので当然なのかもしれませんが。